副題は"Oracle -- Year One Born of Hope"となっていて内容が分かりやすいですね。Killing Joke (感想はこちら)でジョーカーに撃たれ、下半身が麻痺して脚を動かせなくなったバーバラ・ゴードン (Barbara Gordon)がコンピューターのハッキング技術を駆使して戦うオラクル (Oracle)になるまでの絶望と葛藤を描いたエピソードです。
【基本情報】
Writers: Howard Chaykin, Tommy Lee Edwards, Alan Grant, John Ostrander, Kim Yale
Pencillers: Tommy Lee Edwards, Scott McDaniel, Brian Stelfreeze, Karl Story
Inkers: John Paul Leon, Ray McCarthy
Colorists: Mark Chiarello, Melissa Edwards, Roberta Tewes
Cover by: Howard Chaykin
発行年 1996年
Amazonのページはこちら (The Batman Chronicles #5)。
以下、ネタバレを含む感想です。
***ここからネタバレ***
物語はジョーカーに撃たれたバーバラが病院で静養しているところに、バットマンが様子を見にやってくるシーンから始まります。ジョーカーを逮捕したのち、バーバラの病室に来たバットマン。
バーバラは彼に食ってかかります。
"SHOOTING ME...KIDNAPPING MY DAD...IT WAS ALL JUST A WAY TO GET YOU. DO YOU UNDERSTAND HOW HUMILITATIONG, HOW DEMEANING, THAT IS?! MY LIFE HAS NO IMPORTANCE SAVE IN RELATION TO YOU! EVEN AS BATGIRL, I WAS PERCEIVED JUST AS WEAKER VERSION OF YOU!"
「私を撃つことも……お父さんを誘拐することも……ジョーカーにとってはあなたを捕まえるための手段に過ぎなかった。これがどんなに屈辱的で、どんなに馬鹿にした話か分かる!? あなたがいなかったら、私の人生なんて何の意味もない! バットガールとしてだって、私はあなたの弱いバージョンとしてしか見られてなかった!」
これだよ、これ、と思いました。The Killing Jokeを読んだとき、バーバラが主な被害者なのに本筋の蚊帳の外に置かれすぎだと感じました。
ジョーカーは結局バットマン(およびバーバラの父、ゴードン本部長のことも一応)しかみていないのでバーバラは憎まれていたわけでもなんでもなく、ただ「ゴードンの娘」という手ごろなポジションにいたから撃たれたにすぎないのですよね。
憎まれたり恨まれたりしていれば撃たれても納得できるなんてことはないでしょうが、ポジション的にちょうどよかったから撃ったというのも、随分と人をコケにした話です。
その辺に大変違和感があったので、バーバラがこうして食って掛かるエピソードがあって一つすっきりしました。
その後バーバラは退院しますが、マスコミに写真を撮られたり(ゴッサム市警の本部長の娘が撃たれたわけですから)、車いすでは思うように動けなかったり、人の悪意にさらされたりして落ち込んでいきます。
悪意を持って車いすを押され交差点で転ばされたバーバラが思うことが、
「彼女は私に、どこからも助けを得られない犠牲者だとまた感じさせた……」"SHE MADE ME FEEL LIKE A HELPLESS VICTIM AGAIN..."
というものです。この件では本当に悪意をもってほとんど殺されかけているわけですが、怪我をしたり大病を患ったりすると自分が弱くなったような気がするよね、と思いました。それが犯罪によるものであれば、おそらく世界の誰もが助けてくれないところに弱い自分が一人でぽつんといるような気持ちになるのだろうな……と思います。
バーバラは並行してコンピューターとインターネットの世界にのめりこむようになり(もともと彼女の能力的に相性がいいのでしょう)、インターネットを介してRichard Dragonを紹介してもらいます。
このRichard Dragon、52(感想はこちら)でQuestionに依頼されてレニー・モントーヤ (Renee Montoya)に精神的・肉体的トレーニングをつけた人でもあります。
この作品でもRichard Dragonはバーバラに「自分が誰であるのか知るために」、トレーニングをします。そしてバーバラは徐々に自信をつけ、コンピューターを駆使して初めて犯罪者の逮捕につなげます。そしてオラクルが誕生することになるのでした。
Richard Dragonがバーバラに「自分が誰であるのか知るために」トレーニングをするという展開は示唆的です。バットガールとして活動できなくなったとしてもバーバラ・ゴードンはバーバラ・ゴードンであることには変わりがありません。「自分が誰であるのか」という問いには「バーバラ・ゴードン」と答えればいいはずなのです。
けれどもジョーカーに撃たれた傷と遺った後遺症は、バットガールのみならずバーバラ・ゴードンとしてのアイデンティティをも脅かしてしまったことを感じさせます。そして、「オラクル」というアイデンティティを得ることで「バーバラ・ゴードン」もまた回復していくというのは、ヒーローではない一般人にも起こり得る現象のように思いました。
"Batgirl: A Celebration of 50 Years" に収録されていたからこそ読めた作品でした。
撃たれたバーバラが精神的にも肉体的にもゆっくりと回復していく過程は、ヒーローのみならず一般的な人においても感じる気持ちを丁寧に描いていると感じます。
Killing Jokeで感じていたもやもやがかなりの部分解消されたと同時に、読みたかった「バーバラがオラクルになる決断をする話」が読めたのでとても良かったです。