2019年2月23日土曜日

Batman: No Man's Land Vol. 1 感想

※このシリーズの各巻感想は以下をご覧ください。

レニー・モントーヤがそれなりの役どころで登場すると聞いて、Batman: No Man's Landを読んでみました。とはいっても超大作です。1巻約500ページで4巻あります。このサイトで紹介しているアメコミの単行本 (TPB)は120~200ページで1巻になっているものが多いので、そちらで換算すると10巻以上のボリュームがあることになります。 幸いにも(?)一本の長編ではなく短編集的な形式なのでまずVol. 1を読んでみました。残りの巻はまたいずれ購入します。

【基本情報】
Writers: Michael Robert Gale, Devin Grayson Pencillers: Tony Harris, Dale Eaglesham, J. Scott Campbell, Dwayne Turner, Alex Ross, Alex Maleev
Inkers: Jim Royal, Jaime Mendoza, Batt , Aaron Sowd, Bill Sienkiewicz, Sean Parsons, Danny Miki, Wayne Faucher, Robert Campanella, Alex Ross
Colorists: Todd Klein, Alex Maleev
発行年 2011年 (New Edition版)

公式サイトはこちら。


ゴッサム市で大地震が起き、アメリカ政府はゴッサム市を放棄することを決定し住人にはゴッサム市の外に出るよう通達した。貧困などの原因によりゴッサム市の外に出られない住人もいたが、アメリカ政府は橋を落としゴッサム市との行き来を禁止する。かくて、無政府状態となった見捨てられたゴッサム市では部族社会的な社会が誕生するのだった――というのがあらすじです。

今このあらすじを読んで「そもそもアメリカ政府はなんでそんな無茶をするのだ。大体そんなことをするなら最後の一人まで見つけ出して町の外に連れ出さないと無理では」と思った人はいるでしょうか。筆者は思いました。が、たぶんこれは
・ゴッサム市と他の町とのやり取りを断つ
・無法地帯と化したゴッサム市でのバットマンや警察のドラマを描く
というための仕掛けだと思います。

市外との物資のやり取りが断たれたしたゴッサム市では、お金が意味をなさなくなりすべてのものは物々交換により取引されます。暴力による略奪行為も横行するようになりますので、地域ごとにギャング集団が形成され、よその地域のギャングと戦うようになっていきます。

ということが行われていった結果、ゴッサム市は原始的な部族社会の様相を呈していきます。もっとも、原始社会では狩猟なり栽培なりで自分たちの食べ物を確保していたのだろうと思いますが、ゴッサム市では残された缶詰などを食料にしています(ゴッサム市では農業も漁業もおこなわれていなかったっぽいです)。 また、ギャングたちの武器も最初のうちは銃でしたが、弾薬がなくなるためやがて弓矢を持って戦うようになっていきます。そんな、限られた資源の奪い合いをしながら生きる人々の物語が描かれていきます。

そんな中、ゴッサム市警はどうしたか。ゴードン本部長とともに一部の刑事たちは残り、市の治安を守るために活動しようとします。とはいっても、無法地帯と化したゴッサム市です。また、たとえ逮捕したとしても拘置所もなければ罪を決める裁判所もありません。刑務所も、すべての犯罪者を解放してしまいました。
 結果、ゴッサム市警も暴力をふるうものを見つけてはその場で痛めつけて罰を与えるという、ギャング団とやっていることが大して変わらない組織へと変貌します。そしてゴッサム市の一部地域を支配下に置きその領域を広げることを目論見ます。倫理観はギャング団より高いでしょうけれど。

 バットマンや彼を支える人々もまた、この環境では変貌せざるを得ません。バットマンはそもそもゴッサム市が米政府に見捨てられてからしばらく姿を消していましたので人々の信頼を得るまで少し時間がかかるのですが、やはり他のギャング団や市警と同じようにバットマンが一部の地域を支配下に置き、その地域の治安を安定させるべく活動するとともに他のギャング団等の勢力を削ぐことを考えます。
 資源が確実に減っていく中、ゴッサム市を舞台に様々な勢力の思惑が交錯するお話です。……というか、みんなそろそろ外から資源を取り入れることを考えてほしいです。町に残された缶詰でいつまで暮らせるつもりでしょうか。ネズミはいるみたいなので捕まえてよく火を通して食べるというのはありかもしれませんけど……。2巻以降はそういう話になるのでしょうか。 以下、ネタバレを含む感想です。

***ここからネタバレ***

レニー・モントーヤはゴッサム市警の一員としてゴッサム市に残り、ゴードン本部長の指示に従ってギャング団と戦闘したり戦闘のサポートをしたりします。というところではあまり「彼女ならでは」という場面はありません。しかし彼女が一度実家の近くに帰るシーンがあり、この話ではまだ両親から絶縁されていないので両親や弟と普通に話しているのは温かい気持ちで見ることができました。
ということをしているうちにTwo-faceと一緒に生き埋めになった人を助けたりして友情が芽生えたりしています。これ自体はいいお話なのですが、"Gotham Central"に繋がっていくのだなと思うと、読みながらいたたまれない気持ちになります。

筆者が読んでいて一番好きなエピソードはバットマンが子供をめぐって争う二人の女性を仲裁する話です。
両親とはぐれた赤ちゃんを見つけて育てていた女性が少し目を離したすきに他の女性に赤ちゃんを奪われ、どちらが赤ちゃんを育てるべきか争っているところにバットマンが通りがかります。
「ではこの赤ちゃんを引き裂いて半分ずつ分け与えよう」
と言って、引き裂かないでと言った方に赤ちゃんを任せよう、と大岡裁きを考えていたところで双方の女性から「引き裂かないで」と言われて計画が狂うバットマン。そりゃそうだ。

最終的には、「この町で赤ちゃんを育てるのには親が二人は必要だから二人で育てなさい」ということでお話は決着します。エピソードの中でアルフレッドが語るバットマンのお父さんの昔の話が挟まってきたり、赤ちゃんを抱っこしているバットマンが似合っていたりと、殺伐としたエピソードの中でほっとさせられる部分のある話です。 

なおこの大岡裁きエピソード、バットマンは「ソロモンに倣って……」ということを言っています。大岡裁きは旧約聖書のエピソードを基にして創作されたらしいですね。