2020年12月19日土曜日

New52期-Rebirth期 (Titans誌 Vol. 6まで)のDonna Troyについて

  Donna Troy (ドナ・トロイ)といえば「オリジンが曖昧」である。

 そもそもWonder Girl(ワンダーガール)として初めて登場した時には「Wonder Woman(ワンダーウーマン、ダイアナ)の子供時代の姿」と思われていたようであり、後に「実はダイアナとは別人のドナ・トロイであった」ということになったという経緯があるようだ。

 ということもあってか、オリジン(ヒーローの生い立ちやヒーローになったきっかけについての設定)が時代によって様々に変わりつつ生き延びてきたキャラクターである。

 とはいえ、様々な設定はおおむね「ダイアナやアマゾン族、ギリシア神話の神々と良い縁で結ばれ、スーパーパワーを得たヒーロー」としてまとめられる。古代ギリシアの神々から力をもらったアマゾン族の一員であるワンダーウーマン――と縁のある若手女性ヒーロー、というのがドナ・トロイの基本設定だった。

 

 DCコミックス社では2011年に設定の大規模リセットを行い、New52と呼ばれる新しい世界観のもとで様々なヒーローの設定が変更された。ドナ・トロイやワンダーウーマンもその例に漏れず設定が変わった。これでドナ・トロイのオリジンがすっきりしたかというとそうでもない。2016年以降、DCコミックス社はRebirth期と呼ばれるさらに新しい世界観に移行したが、多くのヒーローはNew52期の設定を受け継いでいる。ドナ・トロイも一見New52期の設定を受け継いでいるように見える。

 

 しかし実は、New52期 Wonder Woman誌とRebirth期 Wonder Woman誌の設定変更の煽りを食う形でドナ・トロイの肝心な部分の設定が曖昧になってしまっている。順番に見ていこう。

 

 なお、この考察はNew52期 Wonder Woman誌とRebirth期 Titans誌をベースにしており(それ以降の作品にもドナは登場しているがここでは取り上げない)、両誌のネタバレを含むので未読の方は注意してほしい。

 

一 New52期 Wonder Woman誌 (2011年-2016年)


 New52期 Wonder Woman誌は、Brian Azzarello氏がライターを務めたVol. 1-6とMeredith Finch氏がライターを務めたVol. 7-9に大きく分かれる。Vol. 1-6はギリシア神話をベースにした一大サーガである。余談であるが、大変面白いので特にギリシア神話ファンにはおすすめである。

 さて、このエピソード中で語られたワンダーウーマン(ダイアナ)の設定はそれ以前とは大きく変わっている。

 

 ダイアナは、もともとはアマゾン族の女王ヒッポリタが土塊から作り上げた人形に神が命を与えるという形で誕生したという設定だった。

 New52期では、女王ヒッポリタとギリシア神話の大神ゼウスの子がダイアナという設定になっている。この設定をフル活用し、ゼウスの子供たちの呪いを描いたのがAzzarello氏のエピソードだった。

 

 そしてドナ・トロイはVol. 7から始まるFinch氏のエピソードで登場する。

 New52期の彼女の設定は、

「ダイアナがゼウスの血を引いていることにショックを受けたアマゾン属の魔術師が『男の血の入っていない、ヒッポリタの正しい後継者』を作るため、石と化した女王ヒッポリタの像をベースに(※ヒッポリタはヘラの呪いにより石と化してしまっていた)、アマゾン族の戦士を一人犠牲にし、土塊から魔法の力でドナ・トロイを作り上げた」

 というものである。

 

 すぐにわかる通り、New52期以前のダイアナの設定をドナ・トロイに盛り込み、さらに石化したヒッポリタから作り上げられたという設定を加えることで「ヒッポリタの娘」としてダイアナの対になるような存在としてドナ・トロイを描いている。

 とはいえ、ドナを作った魔術師の意思が邪悪なものであったため、このドナはダイアナに反旗を翻した上に大量殺人を引き起こすことになるのである。つまり、New52期のドナはまず「ダイアナの邪悪な妹」ともいえる存在として登場した。

 この後ドナはダイアナに敗北し監禁状態に置かれるが、やがて旅へと出ることになる。


 New52期 Wonder Woman誌のVol. 7-9は、Vol. 1-6の設定を受け継ぎつつ新しいワンダーウーマンの物語を作ろうという熱意は感じられるものの、何を描きたいのかがはっきり伝わってこない――という感覚がある。だが、監禁状態から脱出したドナ・トロイがロンドンの街をさまよう一連のエピソードは、未熟なドナの戸惑いや途中で知り合う女性の人の好さが鮮やかに描かれていて非常に印象的である。

 

 しかしこの旅の途中でドナは結局殺され、大神ゼウスの力により運命を司る存在"Fate"として生まれ変わるのだった――というのがNew52期 Wonder Woman誌におけるドナ・トロイの冒険の全体像である。

 

 "Fate"というのが何をする存在なのかは、正直良く分からない。作品中の描写によると、他人の運命を知ることができ、それに介入することができる存在であるらしいものの、Fateとしてのドナの成長が少し描かれたところでNew52期 Wonder Woman誌は終了してしまっている。

 

 全体的に見てNew52期 Wonde Woman誌は、

 ・ダイアナの邪悪な妹 としてドナを産み出し、

 ・一度ドナを殺して生き返らせるときに、ドナはゼウスの意思により誕生した存在であることを明示した

 

 といえる。

 

 2016年から始まるRebirth期の前に、New52期との間をつなぐ作品であるTitans Huntが出版された。この時のドナはNew52期 Wonder Woman誌の設定そのままに"Fate of God"として戦いに参加している。さらに、New52期の経歴とは矛盾するはずの、若手ヒーローチームTitansでの活動の記憶(New52期以前のコミックで描かれていた活動の記憶である)を持っていることが明かされた。

 

 

二 Rebirth期 Wonder Woman誌の設定変更

 2016年から始まったRebirth期はおおむねNew52期の設定を受け継ぎつつ、New52期以前の設定も取り入れるという世界観になっている。しかしWonder Woman誌では、New52期からRebirth期になるにあたって大きな設定変更がなされた。ドナに関係するところをあげると、

 ・ダイアナはアマゾン族の故郷セミッシラ島を離れてワンダーウーマンとしての活動を始めてから一度も島に帰っていない

 ・女王ヒッポリタは死んでいない

 

 という点があげられる。New52期 Wonder Woman誌はセミッシラ島と他の人間世界を行ったり来たりする構成になっていたので、New52期 Wonder Woman誌の膨大なエピソード群も「なかったこと」と解釈するしかなくなってしまった。また、ドナが石化した女王ヒッポリタをベースに作られたということも「Rebirth期では違う」と考えざるを得ない。

 

 

三 Rebirth期Titans誌 (2016-2019)

 

 ドナ・トロイはRebirth期にはWonder Woman誌ではなく、若手ヒーローチームTitansの活躍を描くTitans誌のレギュラーメンバーとして登場している。ライターはDan Abnett氏である。Vol. 2で主に語られる彼女の経歴は、New52期のものをベースにRebirth期 Wonder Woman誌とつじつまがあうように改変されたものである。具体的にはこうだ。

 

 「ドナ・トロイはかつてワンダーウーマンを倒すための兵器として土塊から産み出された。ダイアナ(とアマゾン族)は彼女の人生を安定させるため、彼女に偽の記憶を与えた。彼女はダイアナを慕い、ヒーロー活動を始めた」

 

 というものである。筆者としては、まずNew52期のドナに見られたヒッポリタ女王やゼウスとのつながりがばっさり消えてしまったことが残念である。ダイアナの(邪悪な)妹という印象も薄れてしまった。

 

 ワンダーウーマンがドナと、そばにいるヒーローたちに真実を告げるときの会話が興味深いので引用しよう。

"Donna Troy is not an organic human. She was made whole, out of clay, by a magical process. She was created as a weapon, a weapon forged to destroy me. We prevented that destiny, and we gave her false memories so she could live a stable life."

"F...false..."

"You were made to believe you were a human child, orphaned, rescued by me, raised by the amazons. This stopped you from being a weapon. It allowed you to live as others live. To become a hero. A Titan. I'm sorry."


「ドナ・トロイは生き物としての人間ではないの。彼女はすべて土塊から、魔法の力で作られた。彼女は兵器として、私を滅ぼすための兵器として造り上げられた。私たち(訳注:アマゾン族のことと思われる)はその運命を止め、ドナが安定した人生を送れるように彼女に偽りの記憶を与えた」

「い……偽りの……」

「あなた(訳注:ドナのこと)は人間の子供で、孤児になって、私に助けられて、アマゾン族に育てられたと思いこまされた。そうすることで、私たちはあなたが兵器になるのを防ぐことができた。あなたは他の人たちと同じように生きることもできるようになった。ヒーローになることも。タイタンズのメンバーになることも。……ごめんなさい」

 

 さらにしばらくして、再度ワンダーウーマンとドナ、二人だけの間でこのことについて会話が交わされる。

"I'm sorry."
"For keeping the truth from me?"
"I was trying to protect you."
"I'm not a threat to you. I...couldn't be."
"I believe you mean that. That's what I was trying to achieve. I am sorry, Donna."


「ごめんなさい」
「本当のことを黙っていたから?」
「あなたを守りたかった」
「私はあなたを襲ったりなんてしない……昔だってそんなこと、できたはずない」
「本当にそう思ってるって、分かってる。それが、私が目指していたことだから。ごめんなさい、ドナ」


 ドナの記憶の操作はダイアナ(とアマゾン族)のしたことだから、ということで読者も何となく納得してしまうのだが、ドナの人生を安定させるためとはいえ記憶を操作して事態を解決するというのはやや安直であるし、悪人がする行動と紙一重のようにも思えてしまう。

 とはいえ、そもそもダイアナが記憶操作を決意した経緯について細かく描写した場面はない。もしかするとやむにやまれぬ事情があって記憶操作に至ったのかもしれない。

 

 Titans誌で記憶操作に関してこれ以上深く触れられなかったのは残念だが、Titans誌でダイアナが過去に取った行動をあれこれ描くのは何か違うという事情は理解できる。この時何があったのか、別の雑誌で描いてくれるライターが現れることを望みたい。

 

 

 さて、Rebirth期のドナは自分が作り出された存在であると分かってからは特に若手ヒーローチームTitansのメンバーとの結びつきを意識するようになる。これは彼女が確実に「自分の経験」だと言えることがTitansでの出来事しかないことから考えると当然の展開である。

 

 しかしそんな彼女に次々と難題が降りかかる。

 

 Titans Vol. 4では遠い将来、再び邪悪な存在となったドナ・トロイ――Troiaと名乗るドナ・トロイが未来からやってくる。これは不死の存在であるドナが、Titansメンバーたちが次々と死んでいくことに耐えられず邪悪な存在となったものである。しかし、ドナは自分が邪悪な存在となることを受け入れず、メンバーとの友情、特にロイ・ハーパーとの愛を武器にTroiaを撃退するのだ。

 

 ところが、その後のドナにはさらなる困難が待ち受けている。

 先ほど触れたロイ・ハーパーが死亡する。Titansのメンバーにして親友のウォーリー・ウェストとディック・グレイソンもそれぞれの事情でドナから離れていく。遠い将来と言わず、今すぐTroia化しても不思議ではないような状況だがドナは踏みとどまる。

 

 希望と言えるのは、Titans Vol. 5-6でドナが新しい友達を作り、さらに彼らを率いるチームリーダーとしても振舞うことができるようになったことだろう。バットマンからの信頼も勝ち得ることができた。

 ダイアナの邪悪な妹として産み出されたNew52期のドナ・トロイは、いろいろな経験を経て若手ヒーローの中にしっかりとその存在感を確立している。

  

 今後はドナのヒーローとしての活躍に加え、ダイアナとの関係(特に記憶操作のあたり!)を掘り下げてくれる作品を読めることを願ってやまない。

 

 

※参考文献(リンク先はこのブログの感想記事)


Wonder Woman (2011-2016)

  • Vol. 7 (Writer: Meredith Finch, Artists: Richard Friend, David Finch, Various, Jonathan Glapion, Matt Banning)
  • Vol. 8 (Writer: Meredith Finch, Artists: Jonathan Glapion, David Finch, Various, Ian Churchill)
  • Vol. 9 (Writer: Meredith Finch, Artists: Scott Hanna, Miguel Mendonça, David Finch, Various)


Titans Hunt (2015-2016)

(Writer: Dan Abnett, Artists: Stephen Segovia, Geraldo Borges, Paulo Siqueira, Various, Jack Herbert)


Titans (2016-2019)

  • Vol. 2 (Writer: Dan Abnett, Artists: Norm Rapmund, Brett Booth, Minkyu Jung)
  • Vol. 3 (Writer: Dan Abnett, Artists: Brett Booth, V Ken Marion, Kenneth Rocafort, Various)
  • Vol. 5 (Writer: Dan Abnett, Artists: Various, Guillem March, Brent Peeples, Brandon Peterson)
  • Vol. 6 (Writer: Dan Abnett, Artists: Minkyu Jung, Clayton Henry, Bruno Redondo)