2020年12月5日土曜日

バットマン対バットウーマン 両者の価値観の相違点

※この記事はPrivatterに投稿していたものをこちらに移したものです。

一 はじめに

 対立はドラマである。同一の敵と対峙しているヒーロー同士であっても、その考え方の違い、価値観の違いは時に対立を産む。そして彼らの対立は両者のキャラクターをより深く描き出すことにつながる。

 ということで本稿では、バットマン(ブルース・ウェイン)とバットウーマン(ケイト・ケイン)の間に見られた意見の対立について考察していきたい。主に参照する作品はRebirth期のDetective Comics Vol. 1-7(ライター:タイノン4世)、Batwoman Vol. 1-3(ライター:マーガレット・ベネット)である。なお、筆者は女性ヒーローが活躍するコミックを中心に読んでいるので参考にするコミックに偏りが見られることは大目に見ていただきたい。

 

二 ケイト・ケインとは何者か

 

 両者の対立についてみる前に、バットウーマンとして戦うケイト・ケインのプロフィールについて簡単におさらいしておこう。ケイトはブルースの従妹である。図に血縁関係を示す。

ブルースとケイトの血縁関係

 ケイトの父、ジェイコブとブルースの母、マーサが兄妹(姉弟か?)であり、ケイトと双子の妹のベスはマーサの姪にあたる。なお余談であるが、ここに示さなかったもう一人のいとこに一時期バットウーマンと共に戦っていたベッテ・ケインがいる。

 ケイトの父、ジェイコブはブルースの父トーマスとマーサの結婚に反対だったことがDetective Comics (2016-) Vol. 1に描かれている。実際に反対と声を上げたのか、良い顔をしなかっただけなのかは不明だが彼はケイトに

"We work as a force. We work in union and in concert. It's why Kanes have always been good military. But the Waynes? Their motto might as will be 'We stand apart.'"

「我々は部隊として戦う。我々はチームを組んで、協力する。だからケイン家はいつでもすばらしい軍隊のようになることができた。ウェイン家はどうだ? あの家のモットーはきっと『我々はばらばらに立つ』といったところだろう」


 と告げており、ウェイン家のことをよく思っていなかったと表明している。ケイトとブルースは子供のころあまり行き来がなかっただろうと想像できる。


 このセリフ通り、ケイン家は軍人の一族である。ケイトの両親も共に米軍所属で、ケイトとベスの姉妹が十二歳のころベルギーのブリュッセルに赴任した。そしてここで一家に悲劇が起きる。テロリスト集団にケイトとベス、母のガブリエルは誘拐され、救出されたのはケイト一人のみであった。一人助かったケイトは父と二人で支えあい、将来は軍人になり人々を助けることを志す。

 その思い通りに士官学校に進み優秀な成績を修めていたケイトだったが、レズビアンであると密告され当時の米軍の規則にのっとり士官学校を退学、父の住むゴッサムへと帰る。父ジェイコブはケイトのことを責めなかったが、目標を失ったケイトはパーティーと女遊びに明け暮れる日々を過ごしていた。

 そんなある日、ゴッサム市の路地裏で暴漢に襲われそうになるが持ち前の格闘術により撃退する――と、ワンテンポ遅れて現れたのがバットマンだった。ケイトはその姿を見て、自分もバットウーマンとして人々を守ろうと新たな目標を見つけるのだった――というのが、ケイトがバットウーマンを目指すまでの経緯である。この後彼女はバットウーマンになるために必要な訓練を積み、父と共にスーツを開発し、バットウーマンとしての活動を始める。


 こうした経緯でバットウーマンとしての活動を始めたケイトだが、家族の悲劇が原因となって人々を守ることを決めたという経緯はバットマンとして活躍するブルースとも共通している。しかし異なる点もいくつかある。一つは、ケイトには銃への忌避感がないこと。もう一つは、ケイトの家族は生き残っていることである。


 New52期のバットウーマン誌ではバットファミリーとは別行動をとっていたケイトだったが、次第にバットマンからもその実力を認められるようになり、Rebirth期のDetective Comics Vol. 1ではバットファミリーのメンバー(レッドロビン、スポイラー、オーファン、クレイフェイスなど)を指導するポジションとしてファミリーに迎えられる。

 バットマンがバットウーマンをファミリーの中枢に迎えた理由は何か。ケイトの実力を買って、ということももちろんある。だがもう一つ大きな理由として、ケイトが母マーサの血を引く者だからということがあるようだ。

 Detective Comics (2016-) Vol. 1で、ケイトをファミリーに誘うにあたってのブルースとケイトのこんなセリフがある。

"And I know I can trust you with the job."
"Why?"
"Because we are family, Kate. I may not be Kane, but my mother was."

「それに、この仕事のことでは君は信頼に値する」
「なぜ?」
「私たちは家族だからだ、ケイト。私はケイン家の人間ではないが、私の母はそうだった」

 ブルースにとって、ケイトは母マーサの血を引くという点からも手放したくない存在のようである。

 

三 ブルースとケイトの対立その一:クレイフェイス殺し


 そんなブルースとケイトが明確な対立を見せるのが、Detective Comics (2016-) Vol. 6でのクレイフェイスへの対応である。このタイノン氏のシリーズでは、バットマンの敵として描かれることの多いクレイフェイスがずっとバットファミリーの一員として活躍していた。しかし彼の身体が暴走し、クレイフェイスは巨大な怪獣のようなサイズとなりゴッサム市を蹂躙するに至るのだ。バットファミリーの中でもクレイフェイスと親しくしていたオーファン(カサンドラ・ケイン)はクレイフェイスを何とか止めようとするが失敗する。一方ケイトは父ジェイコブのチームが開発した特殊な銃と弾丸を使い、クレイフェイスを殺すのである。

 

 確かに、クレイフェイスは止まった。人々がクレイフェイスの暴走の犠牲になることも避けられた。しかし、クレイフェイスを殺すという方法はどうだったのか。バットマンは当然激怒する。

 一方ケイトは主張する。

"Any police officer or soldier would make the same call and they would be commended. I was taught the rules of engagement. And it was time to engage."

「どんな警官でも兵士でも同じ決断をして、そして表彰されるはず。私は交戦規定について教育を受けた。そして、今は交戦するときだった」

 

 しかし、バットファミリーのポリシーは「殺さないこと」である。

 

 ここで、このシリーズに登場した別の印象的な敵のことを考えてみたい。The Victim Syndicate (ヴィクティム・シンジケート)である。彼らはVol. 2で初登場しその後も姿を見せる。彼らは、バットマンとヴィランの戦いに巻き込まれ被害を受けた人々であり、ゴッサムの無実の市民がこれ以上被害を受けるのを防ぐため、バットマンたちの活動を阻止しようとする。なお、彼らのリーダーであるFirst Victimはバットマンによる被害を受けた最初の犠牲者だというが、誰にもこの人の名前は分からない。バットマンにも分からない。被害を受けたという事実がありながら、その存在は誰からも忘れられている。

 

 怪獣化したクレイフェイスが暴れている時間が長ければ長いほど、ゴッサム市民の被害者の数は多くなる。ヴィクティム・シンジケートの追随者も増える。いや、ヴィクティム・シンジケートに参加してバットマンを批判できるような人はまだましである。クレイフェイスが暴れることで死者も多数出るだろうと推測できる。言うまでもなく、死者はヴィクティム・シンジケートに参加することすらできない。とにかくクレイフェイスによる被害者を減らすという観点からは、ケイトの主張には同意できる。

 

 しかし、ケイトの主張も完全ではない。

 ケイトは「どんな警官でも兵士でも」というが、そもそもバットファミリーは警察でも軍でもない。アメリカは民主主義の国である。そして、警察や軍が取れる行動は法律により規定されている。その法律は民主的な手続きに則り策定されたものである。一方、バットファミリーの行動について規定した法律はない。個々の事例について判断がなされた判例も存在しない。ケイトが学んだ「交戦規定」も、あくまで米軍について定められたものだ。バットファミリーについて定められたものではない。

 

 少し考えてみよう。何らかの犯罪行為を止めるために、バットマンが事件関係者を脅迫したり、事実上の監禁を行ったりといったことは良く行われている。しかしバットマンは何に基づいてその行為をしているのか。正当防衛とは言いがたい。

 法律は、警察に一定の暴力行為を認めている。それはたとえば被疑者や事件関係者を尋問したり、一定期間監禁したりすることである。そして同時に、犯罪の解決を理由として無制限な暴力行為を働かないよう禁じている(もちろん、実際には法を逸脱した暴力行為が警察によって行われ問題になる場合があることは筆者も承知している。これはあくまで制度上の話である)。

 バットマンやバットファミリーの暴力行為を規定する法律はない。どこまでなら認められて、どこからは認められないか。その線引きについては手探りで決めていくほかはない。バットファミリーには高い倫理観が求められる。

 バットマンも当然バットファミリーに倫理観が必要であることは熟知していて、過去には「十分な実力を備えていたものの倫理観が欠如していることから、バットマンにヒーローとしては認められなかった」というキャラクターも登場している(Birds of Prey (1999-2009) #56)。バットマンは初期のバットウーマンを観察していて十分に倫理的であると判断したからこそファミリーに受け入れたはずなのだが、クレイフェイスの暴走という事態に至り二人が持っている「倫理観」の違いが明らかになった状態である。

 

 なお、ケイト自身もクレイフェイスを殺した罪悪感からは逃れられていない。このことにも注意が必要である。クレイフェイスを殺したケイトにはオーファン(カサンドラ・ケイン)の目が向けられる。前述したように、カサンドラはバットファミリーの中で最もクレイフェイスと親しくしていた。ケイトがクレイフェイスを殺した後、カサンドラはケイトに激高する。そしてケイトに向けるカサンドラの目である。この目について、ケイト自身が母の墓前でこうぽつぽつと述懐している。

 

"But what's been haunting me...it hasn't the killing. It's been her eyes. The eyes of the girl I saved. The way she looked at me."
"I know those eyes. I've seen them before."
"They're the eyes of someone who just broke."
"They're the eyes I saw in the shovel the day I buried you here."


「でも私が忘れられないのは……殺したことそのものじゃない。彼女の目。私が助けた子の目。あの目つき」
「あの目つきは知ってる。見たこともある」
「あれは壊れてしまったばかりの目」
「あなたをここに埋葬した時、シャベルに映っていた私の目」


 ケイトはクレイフェイスの暴走による被害の拡大を防ごうとしたし、実際に防いだのだが、それが別の形で被害者を産んでしまったことが分かる場面である。ケイトは過去の自分のような被害者を出さないように活動をしていたはずなのだが、巡り巡って過去の自分と同じような目をした少女を生み出してしまった。

 

 さて、ケイトがクレイフェイスを殺したという行為は倫理的に許容できないものなのか。ブルースとケイトのこの対立であるが物語の中で結論は出ない。クレイフェイスの事件の後さらに大きな事件が起きることで、対立は実質的にうやむやになる。読者からしてもそう簡単に結論の出る問題ではないだろうということは容易に理解できる。

 同時に、結論が出ていないということは再び似たような問題が起きる可能性があるということでもある。将来バットマンとバットウーマンが同じような状況に陥ったとき彼らがどんな結論に至るのか注目したい。

 

四 ブルースとケイトの対立その二: ベスの処遇

 ベスはケイトの双子の妹で、ケイトよりもさらに数奇な人生を送っている。ベスは十二歳の時ケイトと同じくテロリスト集団に誘拐された。そして死んだと思われていたが実際には生きており、カルト犯罪教団Religion of Crimeのもとで育ち彼らのトップに祭り上げられた。そしてアリスという名のヴィランとして、バットウーマンになったケイトの前に現れるのである。このエピソードはBatwoman by Greg Rucka and J. H. Williams IIIに収録されている。

 この時の戦いで高所から転落し死んだと思われたベスであったが実際にはReligion of Crimeに保護されていた。後日DEO (Department of Extranormal Operation)がReligion of Crimeを壊滅させる作戦を行った際にベスの生存が確認され、DEOの監視下に置かれることになった。そして、DEOの監視下にあるベスを家族の手に取り戻すというのがNew52期バットウーマン誌のVol. 4~5で描かれているエピソードである。家族総出でDEOと対決し、ベスを無事に取り戻している。

 

 しかし取り戻したといってもすぐに通常の生活を送れる状態ではなかったので、ベスは療養所に入りそこで精神的・肉体的な治療を受けることになった。というのが、Rebirth期バットウーマン誌の始まる前までの状態である。

 Rebirth期バットウーマンはケイト・ケインのある一年の出来事が原因となって様々な事件が起きるという構成の作品なのだが、登場したケイトの敵が物語の終盤でベスの存在に目を付け、療養しているベスに薬剤を注射するとともに「お前は姉から捨てられた」と思いこませて彼女の中のヴィラン、アリスという人格を目覚めさせるのだった――という展開になっている。

 

 そして、ゴッサム市でアリスとバットウーマンは再び対峙する。事件が大きくなったことでバットマンもやってくる。

 バットマンはケイトに、アリスはアーカムに入らなければならないと告げる。しかし、ケイトはそれに反駁する。アーカムはかつては病院だったかもしれないが、今は単なる刑務所であり、ベスがそこに入っても治療は受けられず非人道的な扱いを受けるだけであると。そして、彼女がベスに戻ることは永遠になくなってしまうと。

 そしてケイトはバットマンよりも妹を選び、バットマンから妹を救うために戦うのである。


 まず、ケイトとベスの人間関係を整理しておこう。ケイトとベスは双子の姉妹であるが性格はかなり異なっていたようで、ベスのほうが気弱だったようである。ケイトは子供のころ、父のジェイコブからベスのことを守るようにといつも言われていた。そんな中テロリストによる誘拐事件が起き、ケイトは妹と母を失った――と思いきや、大人になったところで再びベスが帰ってきたのである。ただし、アリスとして。とはいっても、生きているというだけでケイトには僥倖だった。それに療養所の治療で彼女はベスとしての姿を取り戻しつつあった。

 一度失った家族が戻ってきた――となれば、それを全力で守ろうとするのはごく自然である。

 

 さて、次に考えなければならないのはアーカムの存在である。アーカムは精神病院であり、本来ならば収容された犯罪者の治療が行われているはずである。しかしケイトは、もはやアーカムではまともな治療は受けられないと主張する。

 収容されたヴィランたちが取り立てて治療の成果もなく脱獄してはまた犯罪を犯すさまを何度も見ている読者としては、ケイトの主張はうなずける。アーカムに収容されて治療を受けることによる良い影響よりも、ともに収容されているヴィランたちから受ける悪影響のほうが大きそうである。

 

 しかしここで疑問が生まれる。ゴッサム市民から見てもアーカムに効果はなさそうと見えるのならば、バットマンはなぜヴィランをアーカムに収容しようとするのだろうか。


 まず一つ考えられることとして、読者には目立つヴィランの華々しい犯罪行為しか披露されていないという可能性がある。実際にはアーカムに収容された犯罪者たちの八割くらいは治療により無事更正し、釈放された後は再犯せずに静かに生活を送っているのかもしれない。だがそうした犯罪者の話はあまりコミックになることがないし、なったとしても読者の記憶に残りにくいので「アーカムに収容されたヴィランは結局脱獄して再犯する」という印象が強くなるのかもしれない。

 こうした場合、ゴッサム市の報道で取り上げられるのも脱獄しては再犯する犯罪者の話の方が多いだろうから、ケイトのようなゴッサム市民が「アーカムではまともな治療を受けられない」と考える可能性は十分にある。ゴッサム市警が出版している白書でも見なければアーカム収容者の正確な再犯率は分からないし、そうした統計を読む市民は少ないだろう。

 ただしこの場合、なぜバットマンはそうした統計でケイトを説得しようとしなかったのかという疑問が残る。

 

 もう一つの可能性として、バットマンは「精神的な疾患のある犯罪者はアーカムに収容し治療を受けさせる」という法に則っているだけなのかもしれないと考えられる。実際に更正するかどうかはともかく、法律でそう決まっている以上精神的な疾患のある犯罪者はアーカムに収容するべきだと考えているのかもしれない。

 バットマンがこれらのような考え方をとっているとすれば、アーカムの病院としての機能を信じていなくてもとりあえずヴィランを収容するという行動の動機は十分に説明がつく。

 

 しかし、アーカムの病院としての機能を信じていないケイトにとって、妹をそこに収容することは妹を遺棄するのと同じである。ケイトは絶対にベスを手放すことはできない。ここでバットマンの説得のためにケイトが持ち出すのが、ブルースの母マーサである。

 

"Martha was a Kane before she was a Wayne. The loss of her destroyed my dad for years before my mom died, too... what would you give to pull someone you loved back from the edge? I can do that for Beth. But if you throw her in Arkham... she will be never come out as anything but Alice."


「マーサはウェイン家に入る前、ケイン家の一人だった。彼女がいなくなって数年間、私の母が亡くなるまでの間、私の父は苦しみ続けた。あなたが愛した人を失いかけたとしたら、取り戻すためにあなたは何をする? 私は、ベスを取り戻せる。でもあなたが彼女をアーカムに入れてしまったら……この子はアリスにしかなれなくなってしまう」


"We're blood, Bruce. And Beth is as much kin to Martha as I am. Beth is as much kin to you as I am. I put your symbol above my family. But Beth is your family, too."

「ブルース、私たちは血でつながっている。そして、ベスは私と同じだけマーサの血を引いているし、あなたの血を引いている。私は自分の家族よりも、あなたのシンボルを尊重している。でも、ベスもあなたの家族」


 この説得を聞いているときのバットマンの悲しげな表情が印象的である。そしてこの対立は、バットマンが折れるということで解消する。すなわち、ベスをアーカムに収容せずケイトが面倒を見るということを黙認するのである。

 バットマンはケイトに説得される前に「彼女は君のコントロールを越えている」と言っているのだが、ケイトがベスのことをきちんと見てヴィラン化しないようにするチャンスをもう一度与えたと言ってもいい。ケイトはブルースの心のどこを突けばいいか、よく知っている。「マーサの姪である」という事実は、ケイン家の姉妹にとってはブルースから身を守るための盾としても機能する。

 

 ただし、バットマンは警告を与えることも忘れない。この事件は上述したクレイフェイスの事件の後に起きており、合わせて2ストライクだとバットマンはバットウーマンに告げる。では3ストライクになったらどうなるのか。ケイトがバットウーマンになることを認めない、というのがバットマンの回答である。

 

 この2ストライクという設定が今後の物語にも持ち越されていくのかは分からない。ベスが今後ヴィランにならずにいられるかどうかも分からない。しかし、今後もバットマンとバットウーマンが何らかの事態で深刻に対立し、キャラクターをより深く理解できる描写がなされることを一読者としては期待している。