【基本情報】
Writers: Mark Verheiden, Gail Simone, Greg Rucka
Pencillers: Ed Benes, Jose Ladronn, Georges Jeanty, Rags Morales, David Lopez, Karl Kerschl, J.G. Jones, Tom Derenick, Thomas Denrenick, Carlos D'Anda, John Byrne
Layout: Karl Kerschl
Inkers: Ed Benes, Mariah Benes, BIT, Dexter Vines, Cam Smith, Mark Propst, Bob Petrecca, Sean Parsons, Alex Lei, Rob Lea, Wayne Faucher, Nelson, Marlo Alquiza, Jose Ladronn, Karl Kerschl, J.G. Jones, Carlos D'Anda
Finisher: Derec Aucoin
発行年 2006年
公式サイトはこちら。
Identity Crisis事件(感想はこちら)やその後のCrisis of Conscience(感想はこちら)でヒーローたちの間にも不信が生まれる中、Superman (スーパーマン、クラーク・ケント)の力を危険視する人々の声も少しずつ大きくなる。最近ではスーパーボーイはレックス・ルーサーに操られてロビンやカサンドラを病院送りにするなど不穏な出来事が続いていた。
そんな中、スーパーマンは妻であるLois Lane(ロイス・レーン)の危機を知り彼女を助けようとする。しかしそれは敵が見せた幻影であり、スーパーマンはその幻影のままに敵に操られ攻撃を繰り返してしまうようになる。この事態に対処するためスーパーヒーローチーム、Justice League(ジャスティス・リーグ)そしてワンダーウーマンがとった行動とは――というのがあらすじです。
タイトルも"Superman: Sacrifice"ですし、ワンダーウーマンの話というよりはスーパーマンの話でした。むしろこの作品で描かれたエピソードを踏まえてワンダーウーマンがどう行動するか、というのが大事になっている気がします。それはたぶん、最近電子書籍版が発売された"Wonder Woman by Greg Rucka Vol. 3"で描かれているはず……と思います。
以下、ネタバレを含む感想です。話の核心までネタバレしています。
この作品のカギになるのは、「スーパーマンやワンダーウーマンといった超人たちが善良な市民を攻撃するようになったらどうする?」という疑問です。
前提としてIdentity Crisis で描かれたヒーロー同士の不信感があったり、スーパーマンがらみで人々に疑念を起こさせるような出来事があった模様です。この作品の序文によると。
そしてこの作品で最大の悪役であるMaxwell Lordは、普段は中古車のセールスマンをしているようなのですが、
・スーパーマンやワンダーウーマンなどの超人が一般人を攻撃するようになった時の被害は甚大である
・普通の人間から見て、スーパーマンやワンダーウーマンは実質的に神のようなものである
・超人たちの力が一般人に向く前に、超人たちを排除する
という思想に基づき、スーパーマンを操ることを計画します。この恐れ自体は理解できます。自分より明らかに強い力を持った人は怖いですよね。その人が気まぐれに暴力をふるったり暴言を発したりするタイプであればなおのこと。
その人が自分に危害を加えないかどうか、というのは結局のところ人柄なり行動なりをよく見て信頼できるかどうかで判断するしかないわけです。
ヒーローたちは今までの数々の戦いで信頼を勝ち得てきたわけですが、敵に操られてしまえばおしまい――というのが、Maxwell Lordの示したかったことだと思います。
それにしても、Maxwell Lordによるスーパーマンの操り方が悲しいです。スーパーマンはロイス・レーンを守れず、彼女を死なせてしまうというトラウマを抱えているのでそれを刺激することによってスーパーマンを操ります。これは、スーパーマンが地球人と同様に愛するものを失いたくないという気持ちを持っているからこそ可能になっているのですよね。
スーパーマンは異星人であり地球人よりもずっと強い力を持っているから信用できない、ということから、スーパーマンが持っている地球人と共通する特性を利用して操ろう――というのは皮肉な展開だなと思います。
一方、ワンダーウーマンはスーパーマンを解放するようMaxwell Lordに迫ります。ジャスティス・リーグのメンバーは全員戦闘不可能な状態に陥るため、Maxwellと戦えるのはワンダーウーマンだけです。当然、彼はスーパーマンを操ってワンダーウーマンを殺そうとします。
この戦闘は激しいもので、ワンダーウーマンとてもスーパーマンにすぐに勝つのは不可能――と読者に理解させる流れになったところで、ワンダーウーマンはわずかな時間を稼いでMaxwellを真実の投げ縄で縛り上げ、スーパーマンを解放する方法を告げるよう迫ります。彼の答えは、
"KILL ME."
というもので、ワンダーウーマンはほとんど躊躇いもなく彼を殺します。
これまでワンダーウーマンやスーパーマン、バットマンは「人間を殺さない」ということを前提にやってきましたので、正気に返ったスーパーマンとワンダーウーマン、それにバットマンも含めた三人の人間関係はこれでがらがらと崩れることになります。
ワンダーウーマンはスーパーマン戦っているうちに「手段を選んではいられない」という覚悟を固めたように思います。ある意味でMaxwell Lordと同じように、「スーパーマンは脅威だから何としてもその危険は取り除かなければならない」という地点に至っていたのではないでしょうか。その手段が、これまでタブーとしていた殺人を犯すことであっても。
最終盤でスーパーマンがバットマンに「自分やスーパーボーイは操られていたのだからその間の行為に責任はとれない」と言いますがそれに対してバットマンはこう答えます。
「君は地球で最も強いんだぞ! そんな言い訳をする贅沢は許されない!」"YOU ARE THE MOST POWERFUL MAN ON THE EARTH! YOU DON'T GET THE LUXURY OF THAT EXCUSE!"
ワンダーウーマンもまた"MOST POWERFUL MAN ON THE EARTH"を止めなければならないという責務を背負った人として、手段を選ぶような贅沢は許されなかったのではないかと思います。しかし、殺人は殺人ですし彼女の大使館に入っていた新人職員がMaxwellのスパイだったことが分かるなど他にもショックなことが起きているので――やはりこの後の展開が彼女にとって大事なものになっていくのだろうと思います。
それにしても。
スーパーマンはこのエピソード、ただただ辛いのですよね。ラスト、
「どうしたらいいか分からないんだ」"I DON'T KNOW WHAT TO DO."
と何度も何度も繰り返してロイスに泣きつくスーパーマンが印象的でした。
彼が肉体と同様にメンタル面でも地球最強の男で、やたら図々しかったりやたら厚かましかったりロイスの死を特に引きずらないタイプだったりしたらこんなことにはならなかったのでは、と思うものの、そんなメンタルの人はヒーローにはなれないのだろうなとも思うのでした。
また前述したラスト付近のスーパーマンとバットマンの会話シーン、バットマンは最初マスクをとったブルース・ウェインとしてスーパーマンと話すのですが、途中でバットマンのマスクをかぶります。マスクをかぶった後の方が表情が悲しそうに見え、彼はバットマンでいる方が感情を表現しやすいのかもしれないとも思ったのでした。