※このシリーズの各巻感想はこちらをご覧ください。
Rebirth期Batman and the OutsidersのVol. 2を読みました。Ra's al Ghul (ラーズ・アル・グール)がSophia Ramos (ソフィア・ラモス)という女性に無理やりスーパーパワーを与え彼女を誘拐したところから始まったこのシリーズですが、ラーズとBatman (バットマン、ブルース・ウェイン)の私闘という雰囲気になってきます。
Writer: Bryan Hill
Artists: Dextor Soy, Cian Tormey
Colorists: Veronica Gandini, Adriano Lucas
Letteres: Clayton Cowles, Carlos M. Mangual
Collection Cover Artists: Tyler Kirkham, Arif Prianto
発行年 2020年
ラーズたちに翻弄されながらも、なんとかソフィアを救出したアウトサイダーズ。しかし、ラーズはバットマンやアウトサイダーズのメンバーの愛するものを狙うようになるのだった。一方、Cassandra Cain (カサンドラ・ケイン)の母であるLasy Shiva (レディ・シヴァ)はカサンドラをバットマンから自分の手に取り戻そうと、ラーズのそばを離れアウトサイダーズ側につく。チームが混乱する中、ラーズは新たなる兵器を手に入れ世界中どこの都市でも破壊できると豪語するのだった――というのがあらすじです。
とにかく、ラーズの攪乱作戦をはじめ、いろいろな出来事に翻弄された一冊という印象でした。
あらすじにも書いたようにラーズはアウトサイダーズメンバーの大切な人を狙い、Black Lightning (ブラックライトニング、ジェファソン・ピアース)の同僚を殺します。怒りに駆られる彼ですが、その怒りこそがラーズの狙いだとも気づいています。
一方、前巻から引き続きSignal (シグナル、デューク・トーマス)はラーズに捕らえられ能力を操作されたことを引きずり、カサンドラは母親が目の前に現れたことに動揺します。
レディ・シヴァはRebirth期Detective ComicsのVol. 3 (感想はこちら)でラーズに殺されていませんでしたっけ――と思ったら、ラーズ所有の死者を生き返らせる泉、ラザルス・ピットで生き返っていた模様です。とはいえ別にラーズに恩義を感じているわけでもない模様。まあ、殺された後生き返らせたからと言って恩義を感じる筋合いもないでしょうね。
そんな彼女ですが、世界一の暗殺者である自分が生んだ娘が「殺さない」ことを信条とするバットマンに従っていて、しかもバットガールにすらなれていない状態が気に入らないらしく、チームと行動を共にしながらカサンドラを自分の方に引き寄せようとしているようです。……厄介なお母さんですね。
なお、肝心のバットマンは別の作品で執事のアルフレッドが殺されたことがこの作品にも反映され、動揺が隠せていません。
と、今回チームのメンバーはそれぞれに傷ついていますので、傷つきながらもお互いに力になったり慰めたり――という姿が印象的でした。お互いに弱みをさらけ出せるのがこのチームの強みかもしれません。
そんな中、安定していたのはKatana (カタナ、タツ・ヤマシロ)さんです。この人は特に傷つくようなエピソードがなかったのでチームのメンバーをさりげなく支えるポジションにつきます。とはいえ、相変わらず「私はたくさん人を殺してきたし今後も殺す」と言った危険な発言もしています。アウトサイダーズというチームにカタナさんが入るようになって長いですが、正直バットマンがカタナさんのこの危険さとどう折り合いをつけているのか良く分かりません。
そして、一冊の中でもっとも印象に残ったのはブラックライトニングとカタナが恋愛関係に発展しそうなことでした。とはいえ、お互い恋愛感情があることに気づいているのにブラックライトニングは彼女に告白する気はない様子です。カタナさんはあくまでブラックライトニングから告白してほしいようですし(これはなぜか不明、こだわりでしょうか。自分から言ってしまえばいいのでは)、このまま発展しないままかもしれません。
巻末ではそんな二人が、カタナさんの先祖とかつて戦った魔物と戦う姿が描かれます。カタナさんの魔剣Soul-takerの中にいるカタナの元夫、maseoもこれにより苦しみから解放されたそうです。何となく、カタナとブラックライトニングが恋愛してもOKという雰囲気になっている気がするのですが、さて、どうなるでしょう。
ところで、カタナさんはこの一冊の中で妙に"HAI."という言葉を使います。文脈的には"Yes"で、要するに日本語の「はい」を英語に混ぜて使っているのですが――正直、「はい」って普段そんなに使わない言葉だと思うんですよね。「そうね」「そうそう」といった言葉の方が合っている状況なんじゃないかな、と思いながら読んでいました。はい = Yesだというのがアメリカ人にも広く知られているのか、アメリカ在住の日本人や日系人は本当に英語によく「はい」という言葉を混ぜて使うのか。どうなのでしょう。