2020年3月11日水曜日

Infinite Crisis 感想

 以前読んだWonder Woman by Greg Rucka Vol. 3 (感想はこちら)では、Wonder Woman(ワンダーウーマン、ダイアナ)がやむにやまれずMaxwell Lordを殺してしまったというのが大きな問題になっていました。
 Maxwell Lordはスーパーマンを操って意のままにしていたため、スーパーマンを解放するためにダイアナは彼を殺します。しかしそれは全世界に知れ渡ることになり、ダイアナはバットマンやスーパーマンとの友情を失い、人間たちからの信頼も失い、またアマゾン族たちも人間たちの信頼を失った――という流れになっていました。
 
 そしてMaxwell Lord殺しについては裁判で正当防衛を主張するはずが敵の来襲によりうやむやになり、ダイアナは「バットマンやスーパーマンが私を友達とは呼ばなくても、次のクライシスに立ち向かう彼らを助けなければ」と思わせぶりなことを言っていたのです。調べたところ、次のクライシス = Infinite Crisisのことのようなので、読んでみました。
 
【基本情報】
Writers: Allan Heinberg, Geoff Johns

Pencillers: Chris Batista, Ivan Reis, George Pérez, Jerry Ordway, Andy Lanning, Phil Jimenez
Inkers: Phil Jimenez, Art Thibert, Lary Stucker, Norm Rapmund, Sean Parsons, Jimmy Palmiotti, Sandra Hope, Drew Geraci, Wayne Faucher, Mark Farmer, Kevin Conrad, Marc Campos, Marlo Alquiza, Oclair Albert, Ivan Reis, George Pérez, Jerry Ordway, Andy Lanning

Finishers: Art Thibert, Jerry Ordway
Layout: Phil Jimenez
発行年 2008年(連載されていたのは2005-2006年)

公式サイトはこちら。


 スーパーマン、ワンダーウーマン、バットマンといったヒーローたちが人々を守っているはずの地球。しかし、ヒーローたちは様々な事件から人々の信頼を失いつつあった。そんな地球を見つめる別の世界のスーパーマンやレックス・ルーサー達。実は彼らは、Earth-2、Earth-3などと呼ばれる別の世界の地球で暮らしていたヒーローたちだった。しかし、複数の地球が存在すると世界は不安定になる。そのため、Earth-1と呼ばれる地球を残し、他の地球とそこに住む人々は消滅していた。わずかに生き残った彼らはEarth-1のヒーローたちの体たらくに「本来あるべきだった完全な地球」を作り直そうとするのだったが――というのがあらすじです。
 
 前提として、Earth-1ではワンダーウーマンのMaxwell殺しの他にもスーパーボーイ(コナー・ケント)が悪人に操られてしまった事件がありました。スーパーボーイはすっかり自信をなくしてピンチの仲間を助けに行こうとしないという現象が起きています。
  
 こんな様子を見て、Earth-2のスーパーマンが「こんな地球が残り、我々の地球は滅びたのか」と思うのは無理もないと思わされました。……根本的に、いくつもの地球が存在しても互いに干渉することなくそれぞれ楽しくやっていければいいのではないかと思うのですが。そんな設定にはできないのでしょうか。
 
 それはともかく、筆者としてはこの作品のテーマがこれまでSuperman: Sacrifice (感想はこちら)やWonder Woman by Greg Ruck Vol. 3で描かれてきたMaxwell殺しの件とがっぷりかみ合っている点がとても好きです。何十人ものヒーローが登場する大作だけに、読む前には「とにかくすごいアクションが続くだけの大味な話なのでは……」と思っていたのですが、大胆なアクションとテーマがかみ合った名作だと思います。
 
 以下、ネタバレを含む感想です。

 
 作品のテーマは「不完全さを認めること」だと思いました。Earth-1のワンダーウーマン、バットマン、スーパーマンの三人はこの作品に至るまでにそれぞれに失敗を犯しています。
 
 ・ワンダーウーマン:スーパーマンを操るMaxwell Lordを殺すことしか解決策を見いだせなかったこと
 ・バットマン:超人たちを監視するためのOMACシステムが暴走し、多大な人的被害を出していること
 ・スーパーマン:二人のあy街を止められていないこと
 
 また、他のヒーローたちもIdentity Crisis(感想はこちら)で、犯罪者の記憶を操作してしまうという過ちを犯しています。
 
 ヒーローたちの過ちと、ヒーロー間の不信が蔓延してしまっているのがこの頃のDCコミックスの世界です。では、これらを一気に解決するために「全く新しい地球を作ってもう一度やり直したら?」――というのは大変魅力的な提案です。OMACの暴走を止めることができず疲れ果てたバットマンも一度はその考えに乗りかけます。
 しかしそれは、現在のEarth-1に生きる人々の消滅にほかならず、バットマンは特にDick Grayson(ディック・グレイソン、この頃はナイトウィングとして活躍中。バットマンの初代相棒Robinを務めた)を思って思いとどまります。
 
 一方、ワンダーウーマンはEarth-2のワンダーウーマンと出会い、今の自分に足りないものは「自分のことを、間違いを犯すこともある人間であると認めること」だと諭されます。
 
 スーパーマンはEarth-2のスーパーマンと対峙し、Lois Laneを失ったEarth-2スーパーマンに同情します。そしてEarth-1を滅ぼし完璧な世界であるEarth-2を戻そうとするEarth-2スーパーマンに対し「Earth-2が完璧な地球だったなら、スーパーマンという存在はいらなかったはずだ」と説得します。
 
 とこのように、このInfinite Crisisに至るまでにヒーローたちが犯してきた数々の失敗こそを「ヒーローもまた過ちを犯す存在であることを認めて前に進まなければならない」という方向性で昇華しているのが大変にうまい作品だと思いました。
 
 Wonder Woman by Greg Rucka Vol. 3を読んだときは、「輝かしい栄光の後の敗北」を描いた物語だと思ったのですが、この作品まで読んでみると、「神のような存在として見られていたヒーローたちの人間宣言」であり、「神話の終わり」と言った方がいいのかもしれません。
 
 そしてもう一点、ヒーロー同士の不信について。
 この作品の中の印象的な展開として、一人でOMACの暴走を止めるべく奮闘していたバットマンが最終的には他のヒーローたちからの助けを受け入れ、彼らと共に戦う場面がありました。ヒーローが失敗を犯すこと自体は致命的ではないが、ヒーローたちの間の信頼感がなくなってしまうことが致命的である――ということのようにも思えました。
 またこれも、「少数の優れたヒーローではなく、多数のヒーローの手でしか困難を乗り越えることはできない」という、ヒーローをより人間に近い存在に近づける展開であったように思います。
 
 
 さてEarth-1を守り切った後、ワンダーウーマン、バットマン、スーパーマンの三人はそれぞれ自分を見つめなおすために一年間の休息をとります。こうした「休息をとる」という行為自体が、彼らが神ではなくなったことの象徴にも思えました。特にバットマンが、ディック・グレイソンやティム・ドレイク(バットマンの三代目相棒)と一緒に船旅に出かける姿にはほのぼのします。平和なひと時を過ごせるといいのですが。

 この一年間に起きたあれこれを描いた作品が"52" (感想はこちら)です。
 "52"では世界を揺るがす大事件が起きたものの、ワンダーウーマンたち三人の力がなくても他のヒーローたちでどうにかしたという展開は、この"Infinite Crisis"で描いたことを踏まえていたのかなと思いました。
 
 ちなみに"52"で探偵クエスチョンを継ぐことになるゴッサム市警刑事のRenee Montoya (レニー・モントーヤ)ですが、この作品にも数コマだけ出てきます。この作品の中では彼女はまだ刑事でしたが、相棒の刑事、Crispus Allenが復讐の精霊Spectreに変化する様子が数コマにわたって描かれます――いや、さすがにここの過程は他の作品で何ページか使って描かれているのだと思うのですけど。
 更にザターナも、Spectreがらみでこの作品に数コマ登場するのですが果たしてEarth-1を守るために何か役に立っていたのか良く分かりません。ザターナと同じ場面に魔法の世界の人々が集まっているのですが、彼らもあまりEarth-1を守る行動は取っていなかったような……。