2024年3月10日日曜日

Batman: Fear State SAGA 感想 -人は何が起きれば変わるのか-

  2021年頃にゴッサム市を巻き込む一大イベントとして連載されたFear Stateのなかでもバットマン誌を中心に主要なストーリーをまとめたBatman: Fear State SAGAを読みました。

 Heroes in Crisis (感想はこちら)で殺されてから甦ったものの、Harley Quinn& Poison Ivy (感想はこちら)ですっかり邪悪な存在になっていたPoison Ivy (ポイズン・アイビー、パメラ・アイズリー)の顛末が分かると言うことで読んだのですが、ポイズン・アイビー関係は存在感のある枝葉の話で、本筋とはそこまで関係はないかなという第一印象でした。ただ、読み終わった後改めて考えてみると実はテーマの根幹に触れたエピソードだったかもしれません。 

 Rebirth期終盤~2021年からのInfinite Frontier期最初期のバットマン周りのエピソードを全部飲み込んで消化していくようなエネルギーのある作品でした。

 

【基本情報】
Writers: James Tynion, Ed Brisson
Artists: Jorge Jimenez, Bengal,Ryan enjamin, Christian Duch, Riccardo Federich, Dani, Trevor Hairsine, Joshua Hixson, Guillem March, Christian Ward
Coorists: Tomeu Morey, Lee Lpighridge, Chris Sotomayor, ROman Stevens, Christian Ward
Letterers: Clayton Cowles, Travis Lanham, Tom Napolitano
Cover by: Ben Oliver
発行年 2022年


公式サイトはこちら。


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 Scarecrow (スケアクロウ、ジョナサン・クレーン)の強化したFear Toxinにより、ゴッサム市の人々は恐怖に襲われる。更に、偽物のOracle (オラクル)が「バットマンは死んだ」と偽情報を流したことにより、人々はパニックに陥るのだった。

 「ヒーロー禁止令」を出したナカノ市長が頼る民間警察 Magistrateの実働部隊リーダー、Peacekeeper-01ことシーン・マホニーもFear Toxinにより暴走を始める。バットマンはPeacekeeperを止め、スケアクロウを逮捕しようとするのだったが……というのがあらすじです。

 

 いくつかの勢力が「Fear Toxinにより恐怖に陥るゴッサム」を舞台に己の目的をかなえようと様々な動きをするのが見どころの一篇でした。Fear Toxinをばらまいた張本人であるスケアクロウはともかく、他の勢力の人たちは今のゴッサムをどうしたいのか? というところが現れていて面白い一作でした。

  

 

 以下、ネタバレを含むのでお気をつけてお読みください。

 

 

 作品全体のテーマは、「ゴッサムはいかに変われるか?」だと思います。

 スケアクロウは「恐怖によって人は生まれ変わるので、ゴッサム市民を恐怖に突き落せばゴッサムは変わる」という考えです。

 主要な登場人物の一人であるMiracle Molly (ミラクルモリー)は、「人々が持っている記憶を消してトラウマをなくせばゴッサムは変わる」です。

 バットマンは「ゴッサムは自然に変わっていく」という考え方になっています。

 

 こうして並べると、バットマンが一番常識的で穏当な考え方に見えますね。とはいえ、「ゴッサムは自然に変わっていく」と言われると、本当かなと思わざるを得ませんが。ゴッサム市は(コミックを続けるために、という出版社の事情はあるにせよ……)結局ずっと、治安が最悪な街であるわけです。バットマン(ブルース・ウェイン)自身も幼少期に体験した恐怖によってすっかり変わってしまったと言えますし、スケアクロウの「恐怖によって人は変わる」というのは一理あると思うのですよね。

 また作中でミラクルモリーの過去と彼女が失った記憶についても語られますので、「記憶を消せば人は変われる」というのも説得力はあります。

 ただ、問題は恐怖によって変わるのも記憶を失って変わるのも、たぶんゴッサムがさらに悪くなる方向に変化するようにしか思えないところです。バットマンみたいに自然に変わるのを待つのも時間がかかりすぎると思うと、スーパーマンみたいな希望の象徴にしばらくゴッサム市のヒーローを担当してもらうのがいいのかもしれません。

 さて。記事の冒頭にも書いたポイズン・アイビーですが、バットマンの戦いを描く本筋とはやや外れています。彼女はかつてのアイビーの邪悪な部分を煮詰めたような存在になっているのですが、ゴッサムの地下に植物の根を張り巡らしいつでもゴッサムを物理的に崩壊させられる状況になっています。

 一応、ゴッサムの避難民を地下に保護してもいるのですが彼女自身はそれほど積極的に市民を守ろうと思っているわけではありません。

 そんなところに、学生時代のアイビーの恋人で今は環境テロリストのGardener (ガーデナー、ベラ・ガルテン)がハーレイ・クインと一緒にアイビーの善良な部分――Catwoman誌 (感想はこちら)でキャットウーマンに保護されていた精神を病んでいそうなアイビーです、実はアイビーの善良な部分をガーデナーが密かに取り出してこっそり保護していたのだそうです――を連れてくることによって2人のアイビーが合体、ようやく本来の存在戻ったアイビーは植物パワーでFear Toxinの影響を消すという展開になります。

 と、バットマンの戦いを並行してアイビーの物語が描かれるのですが、アイビーとハーレイの姿を見ていると「ゴッサムはいかに変われるか?」というテーマに対して彼女たちが堂々と「愛によって!」と答えているような気がしてなりません。

 ハーレイもアイビーの愛によって救われ、アイビーもまたハーレイの愛によって救われているわけで。恐怖でも記憶の消失でもなく、愛によって人は(そしてゴッサムも)変われるという正解を彼女たちが提示しているような気がします。

 

 とはいえその正解は、少なくともこの作品ではバットマンに届くことはないのですけれどね。